1998年に証券取引法とともに投資法が改正された。
それまで免許を必要としていた証券業は登録に、同様に免許が必要だった投信委託業は認可へその基準が緩和された。また登録金融機関として銀行、生損保が投信販売を開始。銀行系、生損保系、外資系の投信会社を相次いで設立され、営業を開始した。それまで証券会社にしか版図を持てなかった投信会社は、一気に銀行へ販売委託の営業攻勢をかけた。
系列の証券会社などに縛られない外資系の投信会社は、金融グループにあるものはそのグループの名をうたい文句に、外資独立系の投信会社(当時はまだ本邦の独立系は皆無だった)の大手は本国の仕組みを持ち込み、そうでないところも独自の運用スタイルで、大手金融グループ、地銀、地方の信金信組に至るまで全国行脚の投信販売もう開拓に走った。
時はITバブルが走り出した1998年12月。システム業界の2000年問題対応、携帯電話やインターネットの普及で、IT業界がその他の産業を巻き込んで大きな相場を作ろうとしていた。
80年代後半の資産バブル、90年代終わりのITバブル。一生に2度のバブルを経験した。恩恵を被ったことは無いけれど、人の愚かさとエネルギーの凄まじさを見せつけられた。社会のシステムや人の理性のどこかに歪みが生じると、すごいエネルギーが流れ込み、荒れ狂い、やがて社会全体と最も弱いところに大きな傷を残して一気に収束してしまう。
2010年5月30日日曜日
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